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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3693号 判決 1995年12月25日

原告

千葉稔

右訴訟代理人弁護士

中丸素明

渡会久実

岩橋進吾

鎌田正紹

被告

三和機材株式会社

右代表者代表取締役

志村肇

右訴訟代理人弁護士

大下慶郎

納谷廣美

西修一郎

和田一郎

主文

一  原告が被告に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、平成三年八月一日以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り金二六万一八〇〇円を支払え。

三  被告は原告に対し、金八三五万七九四八円及び内金七七〇万円に対する平成四年三月一八日から完済まで年五分の割合による金員、並びに内金一〇万二〇〇〇円に対し平成五年四月一日から、内金一六万三二〇〇円に対する平成六年四一日から、内金一八万九六〇〇円に対する平成七年四月一日から各完済まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

四  原告の請求のうち、本判決確定時以降の毎月の金員支払を求める部分を却下する。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一

一  主文一項と同旨。

二  被告は原告に対し、平成三年八月一日以降毎月二五日限り金三一万二七四五円を支払え。

三  被告は原告に対し、金一八二二万三六一〇円及び内金一二七四万〇四〇〇円に対する平成四年三月一八日から完済まで年五分の割合による金員、並びに内金一七七万四五一六円に対する平成五年四月一日から内金一七四万三四三五円に対する平成六年四月一日から、内金一七一万一一六六円に対する平成七年四月一日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、倒産し、裁判所で認可された和議条件を履行中の土木用機械等のメーカーである被告が、その営業部門を分離・独立させて別会社を設立し、当該部門の従業員全員を転籍出向させることとしたが、そのうち原告のみが転籍出向命令を拒絶したことから、就業規則上の懲戒事由である「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当するとして解雇したところ、原告が右解雇を無効として、被告との労働契約上の地位の確認及び右解雇以降の賃金等の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、工作用機械・資材の製作・販売及び輸出入業等を主たる目的として昭和三〇年一〇月二一日に設立された株式会社であり、平成三年六月一日現在、資本金二億八〇〇〇万円で、肩書所在地に本社を置くほか、大阪に支店、福岡、札幌に営業所、広島に出張所、千葉、成田に工場をそれぞれ有していた。被告の組織は、営業部、開発商品部、総務部、製造部及び技術部に分れていて、従業員は一八二名(そのうち、課長以上の管理職は一八名、嘱託は二二名、パートタイマーは一二名)であり、うち営業部員は四三名であった。

被告には、その従業員らで昭和五一年に結成された三和機材労働組合(昭和五四年一一月に全日本金属情報機器労働組合に加入し、同組合東京地方本部三和機材支部に改組された[以下「組合」という。])がある。

2  原告は、昭和五二年二月に被告に入社し、被告の千葉工場品質管理課へ配属となったが、同年一二月に同工場にサービス課が新設されるのに伴い、同課への配置換えとなり、昭和五七年六月に営業部東京営業所にサービス課が設置された際、同課へ所属することとなり、以後は同所に勤務していた。

原告は、昭和五三年、組合の執行委員となり、昭和五四年一〇月には書記長に選出され、現在に至るまで継続して書記長の地位にある。

3  被告は、昭和六一年初め頃には経営不振に陥り、同年三月三一日付けで東京地方裁判所に和議手続開始の申立てをし、同裁判所は昭和六二年二月二五日、和議を認可する決定をした。その間の昭和六一年四月二八日、被告と組合とは、「会社再建の完結するまでの間、組合員の重要な労働条件の変更、並びに変更が予測される事項((1)解雇・出向・転勤・配置転換など人事に関する事項、(2)会社及び事業所の移転・休業・縮小など経営上の変更に関する事項、(3)会社の土地・建物・機械設備など重要な固定資産の処分・搬出など財産上の処分・変更に関する事項)があるときは、会社は事前に従業員に通知し、組合と誠意をもって協議するものとする。」との内容の協定(以下「六一協定」という。)を締結した。

4  平成三年四月一二日、被告は、その営業部門を独立させてサンワマトロン株式会社(以下「サンワマトロン」又は「新会社」という。)を設立し、同年七月一日をもって被告の営業業務を移管し、サンワマトロンは業務を開始した。業務開始当時の同社の概要は、次のとおりであった。

本店所在地 被告と同じ

目的 工作機械・資材の製作販売及び輸出入並びにその代理業

鉄製・木製パレット並びに荷役用器具の製作販売

プラスチック製の機械部品の製作販売及び輸出入並びにその代理業

建築工事請負、不動産の売買・仲介・賃貸・斡旋・管理

損害保険代理業、有価証券の保有並びに運用業務

右に付帯する一切の業務

資本金 五〇〇〇万円

株主 被告の社長志村肇六〇%、被告二五%、被告の総務部長五十嵐幹也一五%。

組織 社長は被告の社長が兼ね、社長を除く取締役二名のうちの一名は被告の総務部長が担当し、残り一名は被告の元取締役営業部長が担当し、監査役も被告の取締役総務部長が担当する。

事業所 本社は、被告があるビルと同一ビルの五階を賃借し、社長室と総務部は四階を使用し、被告と共用している。

従業員数 平成三年七月一日現在、役員四名、管理職(課長以上)六名(被告の管理職がそのまま就職)、社員三六名(被告の営業部員のうち原告を除く全員がそのまま就職、及び総務部員二名が就職)、嘱託二名(被告の営業部員一名と総務部員一名がそのまま就職)、パートタイマー四名(被告の営業部員がそのまま就職)の総員五二名。

5  被告の就業規則には、関連会社に期間を定めて勤務させる出向については出向規程に基づき行う旨の規定があるが、その出向規程が存在しなかった。そこで、被告は、右業務移管に先立ち、転籍を含む出向についての取扱いを定める出向規程を作成した(以下「本件就業規則変更」という。)。そして、被告は、平成三年五月九日、従業員に対し、営業部門を分離独立させ、新会社を設立したことを発表するとともに、営業部門に勤務する従業員については全員をサンワマトロンへ転籍出向させる旨発表し、業務移管時までには原告を除く営業部員全員がこれに同意していた。

6  被告は、右発表以降、原告に対し、サンワマトロンへの転籍出向に応じるよう説得したが、原告は、これに応じなかったところ、平成三年七月三日に被告から転籍出向を命じられたが、これを拒絶した。

被告は、同月五日、原告に対し、同月三日に被告が原告に対して新会社への転籍出向を命じたにもかかわらずこれを拒否し、同社への出勤を拒んでいることを理由に解雇することを通告した(以下「本件解雇」という。)。

7  本件解雇前に被告から毎月支給されていた原告の賃金は、年齢給(勤続年数にかかわりなく年度の四月の年齢によって給付される)及び能力給(その年の年度ごとに作成される能力給テーブル一覧表に各人の等級・号俸をあてはめることにより決定される)からなる職能給(基本給)と住宅手当、精勤手当及び時間外手当(時間外勤務手当、深夜業手当及び休日出勤手当からなる)とによって構成されていて、年齢給及び能力給は毎年改定されるが、本件解雇当時、原告の年齢給は一二万四九〇〇円(三八歳)、職能給は一二万一九〇〇円(三等級一九号俸)、住宅手当一万五〇〇〇円であって、解雇直前三か月の平均賃金は三一万二七四五円であった。賃金の支給日は、毎月、当月分が当月二五日であった。

二  争点

主要な争点は、本件解雇が有効であるか否かである。

三  当事者の主張

(原告)

1 本件解雇の無効

(一) 本件転籍出向に対する原告の不同意

転籍出向が有効であるためには、当該対象労働者の同意が必要である。これは転籍出向が契約の一方当事者の変更を意味するものであるという法的構造に照らし、当然の帰結であるとともに、実質的にみても、従業員たる地位が変更されることによって、身分の不安定性をもたらす等々、もろもろの不利益を生じる可能性を常に随伴しているからである。

原告は、サンワマトロンへの転籍出向について、同意(承諾)しなかった。したがって、本件転籍出向が効力を生じる余地がない。よって、転籍出向の拒否を理由とする本件解雇は無効である。

被告は、新就業規則に基づく本件転籍出向命令は有効である旨主張する。従前、就業規則の不利益変更として論じられたのは、主として労働条件に関するものであり、具体的には、賃金・賞与・各種手当・退職金・労働条件・勤務形態・休暇・定年制等についてである。これらは、あくまでも労働条件を締結した当事者間において、使用者が労働条件を変更しようということに関するものである。しかし、転籍出向は、従前の労働契約を終了させて、別の使用者との労働契約を発生させるものであるから、労働条件の変更とはそもそも平面が異なっており、同列にとらえることはできない。就業規則に規定を設けても、その規定を根拠に転籍出向を命じることはできないから、本件就業規則変更によって本件転籍出向が効力を生じる余地はない。

また、仮に転籍出向時点での労働条件に差異はなくとも、将来において両会社の労働条件に差異が生じる可能性があるとすれば、労働者にとってはどちらの会社との間に労働契約を締結するかということは転籍出向時点でも非常に重要な問題であり、そういう問題の生じない配転とは同一に扱うことはできない。本件では、組合との団体交渉の過程で、被告は転籍後わずか三年程度についてさえ、労働条件の同一性の保障を明言をもって拒否しているから、三年先程度の近い将来においてさえ新会社の労働条件が会社のそれを下回らない保障はなく、また、被告が和議中の会社であったとしてもそれだけで新会社の方が経済的に安定しているとはいえず、労働者にとっては両会社は実質的に同一であるとはいえないし、使用者の変更に不利益がない等とはいえない。

(二) 六一協定違反

被告は、昭和六一年に和議の手続開始の申立てをしたが、右申立ての直後である同年四月二八日、組合と被告とは、六一協定を締結した。しかしながら、被告は、組合との協議もないまま、被告からその営業部門を分離独立させて新会社を設立し、かつ、営業部員の転籍を決定して強行し、更に原告を解雇し、また、組合と誠実に協議することなく新会社の営業を開始したが、被告の右行為は、いずれも明白な六一協定違反となり、重大な手続違反があるから、本件解雇は無効である。

(三) 不当労働行為

組合は、原告が入社した昭和五二年当時、組合員約七〇名を擁していたが、被告は、その弱体化を狙った攻撃を執拗に加え続け、組合員数が激減するに至った。被告は、その後も組合員らに対し、累次にわたる攻撃を加えることによって、なんとしても組合を弱体化させようとした。とりわけ中心的な活動家である原告に対しては、再三再四にわたって、不利益取扱いを行い、職場からその影響力を排除すべく策動を繰り返した。本件解雇は、これまで一貫して加え続けられてきた原告と労働組合攻撃の「総仕上げ」的なものであり、組合の弱体化を狙った不当労働行為であり、この面からみても無効である。

(四) 解雇権の濫用

被告は、原告の転籍出向については原告と組合との間になんらの協議も団体交渉も行わず、平成三年七月三日に転籍出向の発令を行い、これに応じないとみるや、その二日後の七月五日に解雇通知を行った。もちろん、解雇についてもなんらの協議も団体交渉もされていない。

新会社設立のことを決めてから原告の解雇通知に至る経過をみても、被告は自社の方針を押しつけるばかりであり、原告・組合側の意見や要望については一切受け入れない、許容しないという硬直した対応に終始していた。

本件解雇通知において、被告において著しく信義誠実を欠いていることは明らかであり、本件解雇は解雇権を濫用するものであって無効である。

2 賃金請求権

(一) 原告の本件解雇通告の直前三か月間の平均賃金額は、三一万二七四五円(ただし、平成三年七月一日から同月五日までの給与として、五万八六五二円を受領済みであり、同月分の未払賃金は二五万四〇九三円)であり、その内訳は、年齢給一二万四九〇〇円、能力給一二万一九〇〇円、住宅手当一万五〇〇〇円、精勤手当二〇〇〇円及び時間外手当である。また、同年一二月に原告が支払を受けるべき年末手当金は、七四万〇四〇〇円(職能給の3.0か月分)である。

(二) 平成四年度(平成四年四月一日から平成五年三月三一日)においては、同年度の昇給後の賃金月額三四万三四四八円(年齢給一二万六六〇〇円、能力給一三万三三〇〇円、時間外手当六万六五四八円、住宅手当及び精勤手当)と右の平均賃金額との差額は三六万八四三六円(一年分)であり、これと同年度の夏期手当金六七万二三六〇円(職能給の2.7か月分及び皆勤手当)、年末手当金七三万三七二〇円(同2.8か月分及び皆勤手当)との合計額は一七七万四五一六円である。

(三) 平成五年度においては、同年度の昇給後の賃金月額三五万四七四五円(年齢給一二万八三〇〇円、能力給一四万〇六〇〇円、時間外手当六万八八四五円、住宅手当及び精勤手当)と右の平均賃金額との差額は五〇万四〇〇〇円(一年分)であり、これと同年度の夏期手当金六六万八七四五円(職能給の2.55か月分及び皆勤手当)、年末手当金五七万〇六九〇円(同2.1か月分及び皆勤手当)との合計額は一七四万三四三五円である。

(四) 平成六年度においては、同年度の昇給後の賃金月額三六万一五二三円(年齢給一二万九四〇〇円、能力給一四万四九〇〇円、時間外手当七万〇二二三円、住宅手当及び精勤手当)と右の平均賃金額との差額は五八万五三三六円(一年分)であり、これと同年度の夏期手当金五四万三八〇〇円(職能給の2.0か月分及び皆勤手当)、年末手当金五八万二〇三〇円(職能給の2.1か月分及び皆勤手当)との合計額は一七一万一一六六円である。

3 不法行為に基づく損害賠償請求権

(一) 転籍出向に関して、就業規則に規定があることのみで有効性を認める判決例や学説は見当たらない。また、被告は、本件転籍を強行することを目的として、そのわずか三か月前に突如「出向規程」を策定した。一連の経過等に照らすと、被告は、判例・学説の到達点を熟知していたか簡単に知り得たものであり、にもかかわらず本件解雇を強行したものである。

本件解雇の真の狙いは組合の中心的活動家である原告をしゃにむに職場から放逐することにあり、不当労働行為意思に基づき解雇を行ったものである。

このように、いずれの面からみても、本件解雇は社会通念上の妥当性を著しく逸脱しており、不法行為である。

(二) 本件解雇によって受けた原告の精神的損害は、一〇〇〇万円を下らない。また、原告は、本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬として二〇〇万円の支払を約したので、右弁護士報酬額相当の損害を受けた。

4 結論

以上のとおり、本件解雇は無効であり、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、解雇の日の翌日である平成三年七月六日以降の賃金として、同年七月分の賃金残金二五万四〇九三円の支払、同年八月一日以降毎月二五日限り月額賃金三一万二七四五円の支払、同年度年末手当七四万〇四〇〇円の支払、平成四年四月一日から平成七年三月三一日までの昇給差額賃金及び夏期・年末手当の合計五二二万九一一七円の支払、不法行為に基づく損害金合計一二〇〇万円の支払を求め、さらに、付帯請求として、平成三年年末手当及び右損害金の合計一二七四万〇四〇〇円について本件訴状送達の日の翌日である平成四年三月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による、前記平成四年度(平成五年度及び同六年度も同様)の昇給分の差額、夏期手当及び年末手当合計一七七万四五一六円について遅滞後の平成五年四月一日(平成五年度分一七四万三四三五円については同六年四月一日、同六年度分一七一万一一六六円については同七年四月一日)から各完済まで商事法定利率年六分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

(被告)

1 本件転籍出向命令の効力

(一) 本件就業規則変更の有効性

(1) 被告の変更前の就業規則には、一七条において「会社は業務の都合により、配置転換、転勤、応援、派遣、出向を命ずることがある。」と規定していた。右規定が在籍出向の場合に適用されることは明らかであるが、転籍出向を含むか否かが不明瞭であったから、就業規則の変更(出向規程の制定)をしてその点を明確にし、しかも出向の具体的取扱いを明確化したものであり、その他の就業規則の内容に変更がない。したがって、賃金、勤務時間などの労働条件は全く同じである。なお、転籍者の給与、退職金等については転籍に関する会社間協定書に詳細に協定されている。

(2) 変更された就業規則に基づく被告からサンワマトロンへの転籍出向についてみると、これによって出向者が被ることになる不利益は全く考えられない。サンワマトロンは、被告の営業部全体を分離独立して別会社としたものに過ぎないから、本件における出向元会社である被告と出向先会社であるサンワマトロンとは、法人格こそ別であるが、実質的に同一会社であって出向者にとって給付すべき義務の内容及び賃金などの労働条件に差異がない。営業部門の強化独立は社内で長年議論検討されてきた課題であった。販社を分離独立させるという経営手法は広く一般的に行われているものである。

サンワマトロンの社長は被告の社長が兼ね、他の役員三名も被告の管理職及び元管理職が担当している。株主は、被告及び被告の社長、総務部長である。本社は被告の本社(元営業部)と同じ所にあって、原告にとって勤務場所の移動は全くない。むしろ、分離後の被告には原告が従前担当していた内容の業務が存在しないので、原告を被告に在籍させておくこととすれば、配置転換及び職務内容の変更を余儀なくされ、また、勤務場所の変更も考えられ、原告にとって、本件転籍出向よりも不利益になることも考えられる。サンワマトロンの販売する商品(機械)は主に被告に依存していて、運命共同体の状態である。むしろ、販社であるサンワマトロンの方が被告以外のメーカーの製品を扱うことにより生き延びる可能性が大きい。いったん倒産して和議手続を受けている被告よりも、サンワマトロンの方が、金融等の面で有利である。

被告は、原告を含む営業部員全員四三名をサンワマトロンに転籍出向させたが、もし、原告のみを転籍出向の対象から除くとすれば、前述のとおり、配置転換、職務内容の変更を余儀なくされ、勤務場所の変更等の不利益を原告のみに課することとなる。原告以外の営業部員には原告と同じ労働組合に所属する者もいたのであるが、転籍出向に応じている。これは、個別同意を得た結果ではなく、就業規則に従ったことの結果に過ぎない。

原告の組合活動についてもなんら新たな支障が発生しない。組合員の構成は組合において自主的に決定されるべきであること当然であり、原告の所属する組合がサンワマトロンの従業員を組合員とすることにつき法律上及び事実上なんら障害はない。

(3) 本件就業規則変更には、以下のとおり、その必要性があった。

被告の主力製品は、基礎工事用無騒音無振動杭打機「アースオーガー」及び下水道工事用水平推進掘削機「ホリゾンガー」であったが、取引先が破産したため被告も手形の決裁不能に陥って倒産し、昭和六一年三月三一日付けで和議の手続開始の申立を行った。その主な原因は、①主力製品が右の二機種のみであったこと、②資金事情の苦しい零細業者への販売、③割賦販売による与信膨張及び不良債権発生、④在庫の増大、であり、右の②③④は営業の実態に関することであった。今後の不透明な経営環境に柔軟に対応するには、過去の失敗を二度と繰り返さないよう、営業部門を別会社にすることが必要不可欠であり、これから新分野(環境公害対策機器・工作機械・建設機械関連機器等)への進出を検討していかなければならず、そのためにも営業部門を別会社にし、被告製品にとらわれない販売会社が必要であった。また、被告は、昭和六一年の和議倒産により、従業員数が二二〇余名から一七〇余名に激減し、また、企業イメージを著しく損なった。和議倒産後、被告の業績は回復しつつあるが、今年度までの五年間で新入社員は大学卒男子二名という結果となっており、営業は一名だけである。このような状況を克服するためには、企業イメージを変えるしか方法がない。このような状況からも、営業部門を別会社にし、CI(コーポレート・アイデンティティ)を導入して企業イメージの一新をする必要があった。

また、新会社設立前の被告には次のような問題点があった。まず、責任体制について、被告は、毎年二回経営計画会議を開催し、目標管理システムを主軸に、毎年の前期・後期の目標数値・戦略を発表し、各部門の責任体制を認識させてきたが、依然、営業部門と製造部門相互間の依存意識が強く、特に、在庫の増大・クレームの責任問題等について、解決までに至っていなかった。待遇については、被告は全部門共通の勤務体系・賃金体系を採ってきたが、営業部門と製造部門では本来根本的に異なるものがあり、営業部門に見合った待遇に改善する必要があった。また、資金運用については、被告は和議会社であり、したがって、金融機関からの資金調達が難しく、競合他社に後れを取ることがしばしばであったうえ、被告の製造部門の省力化・無人化及び環境改善の実施には設備投資が必要であり、関連企業としての販社が外部資金を調達し、被告がこれを運用することは経営手段として十分考えられることである。右のとおり、営業部門を独立させて新会社を設立することは、被告にとっても、新会社にとっても、メリットがあることであり、双方が生き延びていくために必要なことであった。

被告においては、営業部門がすべて新会社として分離独立したため、営業部門に属していた者の仕事内容を変更しないためにはむしろ転籍出向を命じざるをえないことから、本件就業規則変更の必要性が存することは明らかであった。

(4) 以上のとおりであるから、本件就業規則変更は、その必要性及び内容の両面から見て、それによって労働者が被ることになる不利益を考慮しても、なお労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであると認められるのであり、少なくとも本件転籍出向に適用する限りにおいては有効である。むしろ、前述したとおり、原告のみに適用しないことの方が問題は大きいのである。

(二) 本件転籍出向命令の有効性

就業規則の規定は、それが合理的なものである限り、労働契約の内容となる。本件の新就業規則は、就業規則変更が有効である限り原告と被告間の労働契約の内容となっているのであるから、被告は転籍出向命令を有効になしうるのであり、原告は、それに応じるべき義務があることになる。原告の転籍出向についての個別的具体的同意は必要でない。

しかも、本件転籍出向命令は、前記のように、出向元会社と出向先会社が法人格こそ違うが、実質上同一の会社とみることができるから、会社の有する人事権に基づいてなしうるのである。

また、前記(一)(2)、(3)の事実を前提にすれば、原告に同意権があったとしても、本件においてこれを行使するのは、同意権の濫用である。

2 六一協定違反について

被告は、営業部門の分離独立のため新会社への業務移管及びそれにともなう営業部員の出向をいずれも平成三年七月一日に実施したが、これに至るまで八回にわたって組合と団体交渉を重ねてきたものであり、被告に六一協定違反はない。

3 不当労働行為について

被告が過去、組合攻撃をした事実はない。組合は従業員全体からすればごく一部(平成四年当時一九名)であるから、分社化のような重要な経営事項の原因ないし動機になることはありえない。

また、原告は、本件転籍により、組合活動において不利益となることはない。原告が、組合の組合員及び役職を辞める必要はなく、辞めざるをえない状態になるわけでもない。被告には、不当労働行為の意思も事実もなく、本件解雇が不当労働行為に当たるということもない。

第三  争点に対する判断

一  本件就業規則変更について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一八ないし二〇、乙七、九、一〇、一二、一三、一四の1ないし6、三五、証人五十嵐幹也、同吉田弘)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件就業規則変更の経過

(1) 被告は、昭和三〇年に設立されて以来、主として各種産業機械の製造及び販売を行い、基礎工事用無騒音無振動杭打機「アースオーガー」、下水道工事用水平推進掘削機「ホリゾンガー」などを主力製品として、右機械の製作販売は昭和四〇年代には売上高を拡大したが、昭和五〇年以降は業界が長期的不況に入り、公共投資の抑制、民間設備投資の縮小などにより被告も業績の低迷が続いた。その間、被告は種々企業努力を続けたものの、取引先が破産したため被告も一七億円余りの手形の決裁不能に陥って倒産し、八六億円の負債額をもって昭和六一年三月三一日付けで和議の手続開始の申立を行った。

東京地方裁判所は、昭和六二年二月二五日、右和議申立について、①被告が各和議債権者に対し、和議元本債権の五〇%を一〇年間にわたって毎年五%ずつ支払うこと、②右支払がなされたときは、各和議債権者が、その余の支払を免除すること、③被告の代表取締役は、右①の債務を連帯保証することなどを和議条件とする和議を認可する旨の決定をした。その後、右和議条件は順調に履行され、被告の再建は進んでいた。

(2) 被告においては、営業部サービス課長塚本慶宗が、平成二年八月二九日付け総務部長宛の上申書をもって、顧客に密着した自社製品の稼働率の向上を図るうえで現状のサービス態勢に問題があり、営業部門の独立・分社化が必要であるとの意見を具申したことを契機に、経営計画会議において営業部門の独立・分社化が話題に出されたことがあり、その後平成三年一月一四日開催の定時取締役会議で、販売会社を設立して営業部所属員全員をこれに転籍出向させることが決定された。被告は、この決定を受けて、就業規則について検討したところ、当時の就業規則では、「配置転換、異動、出向」として第一七条①項に「会社は、業務の都合により配置転換、転勤、応援、派遣、出向を命ずることがある。」、同条④項に「①項の出向(出向とは、関連会社に期間を定め勤務させるものをいう)については、別に定める「出向規程」に基づき行う。」との規程はあったが、出向規程は作成されていなかったので、出向規程を整備することとし、同年四月一日から実施することを目標に検討してきた定年及び退職金規程の改定とともに出向規程を完成させ、同年一月二八日の定時取締役会にて就業規則一部改定案が可決承認された。

新設された出向規程には、第一条に「通則」として「本規定は、就業規則第一七条の④に基づく従業員の出向(転籍を含む)の取扱いについて定める。」として、出向に転籍出向が含まれることが明らかにされるとともに、第三条②項に「転籍出向者は、転籍出向時をもって会社を退職し、出向先会社に籍を置く。」、第四条に「出向期間はそのつど定める。ただし、転籍出向は除く。」と定められていた。

被告は、その後、本社及び各事業所において職場代表者会議を開き、意見聴取をしたところ、千葉工場及び成田工場の各従業員代表から、転籍に関する規定の削除を求められたが、そのほかの従業員代表からは特に意見はなかったため、平成三年三月一二日から同年四月三〇日までの間に、それぞれ所轄の労働基準監督署に就業規則変更届を提出し、その間に就業規則の改正部分の差替え及び追加用頁を各事業所に発送し、各事業所はこれを全従業員に配布した。

(二) 営業部門の分離独立の必要性

(1) 被告の昭和六一年三月三一日付けの和議手続開始申立書には、被告が倒産する事態に至った原因として、①営業の体質の改善が遅れたこと、安易な割賦販売に頼り、資金の固定化、契約の遅延、資金回収の遅れが出たこと、②資金ショートが原因で他社製品の販売を無理に行い、弱小ユーザーの手形で一時的資金手当に走ったこと、③大型機種(一台当たり一億円から二億円)の受注条件がずさんで入金の遅れが発生したことなどが記載されていた。

(2) 被告の会社内の責任体制について、営業部門と製造部門相互間の依存意識が強く、在庫の増大、クレームの責任問題等の問題を抱えており、在庫関係についてみると、営業発注が無責任に行われ、販売予定に差異が生じたり、受注取消し等が安易に行われ、それが在庫の増加となり、ひいては経営を圧迫しても、会社の問題と受け止められてきたため、倒産当時から営業部員個々人には責任認識が薄いなどの問題があると指摘されていた。

また、被告においては、営業関係の従業員の待遇についても、製造部門と共通の勤務体系・賃金体系を採っていたが、現状では、固定給となっている営業社員の賃金額が、繁忙期には多額の残業手当の支給を受ける製造社員の賃金額との間に大きな格差が生じていること、営業社員の士気を高めるため、他社並みに営業社員について報奨金制度を取り入れる必要があること、深夜作業が連続することもある営業サービス社員の業務特性に配慮する必要があること、被告の採る完全週休二日制のもとでは、土曜日にも営業している被告の客層に対応するのに困難があること、などの問題点があり、営業業務の実態に見合った待遇に改善する必要性が認識されていた。

さらに、資金運用面では、被告が和議会社であることから、金融機関から直接資金を調達することが難しく、支払手形の発行ができないために受取手形の割引以外に資金調達方法がなく、また、原材料の購入等については現金決済をせざるを得ない状況であったうえ、客先への割賦販売やリース販売は即現金化できず、競合他社に後れを取ることがあった。また、被告は、和議手続開始の申立て以降五年間、設備投資ができず、新会社が資金を調達して最新の生産機械等を購入する必要もあった。

(3) 被告においては、倒産前の昭和五〇年代には自社の製造技術の能力範囲だけの営業にとどまり、環境の変化に柔軟に対応できなかったが、今後、将来的には国内の生活基盤の整備が進み、公共投資への支出が削減され需要が減少することも予想されることから、被告は、需要の見通しのつけられる今後一〇年の間に環境公害対策機器、工作機械、建設機械関連機器等の新分野への進出を検討していかなければならないとの反省に立って、そのためには、営業部門を別会社化した販売会社によって被告の製品にとらわれない営業を行うことが必要であり、また、和議倒産によって企業イメージを著しく損ない、新入社員の採用にも支障をきたしていたため、企業イメージを変えることが有益であると考え、和議条件が順調に履行され、好況期にあった平成三年当時、営業部門を別会社にすることが被告が存続発展するための絶好の機会であると判断した。

2  右事実に基づいて、本件就業規則変更の効力について検討する。

(一) 就業規則の変更は、それによって労働者にとって重要な権利や労働条件に関し不利益を及ぼすものであれば、当該条項がその不利益の程度を考慮しても、なおそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生じるものというべきである。

そこで、本件就業規則変更の必要性についてみると、右に認定したとおり、変更前の就業規則は、業務命令として出向を命ずることができると定めていたが、その出向とは関連会社に期間を定めて勤務させるものをいうに過ぎなかったから、従来の使用者との間の労働契約関係を終了させ、新たに出向先との間の労働契約関係を設定する転籍出向をも対象とする趣旨と解することはできず、本件就業規則変更により転籍出向を明文化したことによって、はじめて被告は転籍出向について業務命令を発することができる根拠が与えられたというべきである。

被告においては、営業部門及び製造部門に対してそれぞれの責任意識を明確化させるとともに、営業部門の社員の待遇をその業務内容に適合したものとすることが従来からの課題とされていたところ、和議再建中であるために資金調達が不自由であったことが大きな要因となって、また、長期的展望の下に被告の事業の見直しや人材確保のために企業イメージを変える必要があったことから、和議条件の履行状況を勘案しながら新会社の設立を決定するに至ったものであり、前記認定の倒産の経緯に鑑みれば、経営方針として理解するに足りるものであって、被告の再建に必要な判断であったということができる。したがってまた、このような新会社の従業員となるべき者を被告の従業員の転籍出向によって充足させることについても、その人数及び対象者の選定はともかくとして、被告の存続を図り、かつ、新会社の事業を成功させるためには、有効な方法であったとみることができる。そうすると、転籍出向に関する規定を新たに設けた本件就業規則変更には業務上の必要性があったものというべきである。

(二) ところで、本件就業規則変更は、右のとおり、被告との労働契約関係を終了させ、新たに出向先との労働契約関係を設定する転籍出向を内容とするものであるから、従業員の権利及び労働条件等に重大な影響を及ぼすものであることは明らかである。したがって、被告が変更された就業規則に基づく業務命令として従業員に対して転籍出向を命じうるためには、特段の事情がない限り、こうした不利益を受ける可能性のある従業員の転籍出向することについての個々の同意が必要であると解するのが相当である。このような見地に立って、本件就業規則変更をみると、従業員が現実に不利益をうけるかどうかは、転籍出向命令を受けた当該従業員の意思にかかっているのであるから、これが一般的に従業員に対して与える影響の程度は小さいものということができる。

(三)  以上によれば、本件就業規則変更は、これに基づいて業務上の必要により発せられる転籍出向命令が、特段の事情のない限り、その対象者の同意を要するものであって、従業員にことさら不利益となるとはいえないから、その効力を否定することはできないというべきである。

二  本件解雇の効力について

1  本件解雇に至る経過に関して、当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一二ないし一六、五三の2、七三、八八、九二、乙六、一二、六一、六三、証人吉田弘、同齋藤實、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 転籍出向の発表

(1) サンワマトロンは、平成三年四月一二日に設立登記がされた。被告は、本社及び工場において、同年五月九日の朝礼で、従業員に対して営業部門を分離独立させ、新会社を設立したことを明らかにするとともに、営業部門に勤務する従業員については全員をサンワマトロンへ「転籍出向」させる旨発表し、同日、職場代表者会議を開催して説明を行った。同月一四日には、全社職場代表者会議が開催され、被告は、出席者に説明を行うとともに質疑応答を行い、同月二三日には、従業員用に新会社の概要をまとめた資料を作成し、職場代表者に配布した。同年六月五日、被告は、職場代表者にサンワマトロンの就業規則を配布した。

(2) 五月九日の発表以後、六月二七日までに、転籍出向予定者に対して各所属長が説明・説得をした結果、原告以外の営業部員全員(組合員二名を含む)はこれに同意し、同日、被告は、転籍出向予定者全員に対して転籍出向辞令を交付し、当日不在の者に対しては翌日交付した。そして、サンワマトロンは、右六月二七日、被告との間に、転籍出向者の転籍後の処置について、「被告における勤続年数は新会社における勤続年数を通算する。給与は、現行給与を保証し、新会社の給与に読み替える。被告の退職年金制度に基づき、新会社への転籍時に現行制度をそのまま日本生命保険相互会社、東京生命保険相互会社に移管する。新会社は転籍者が退職するとき、被告からの勤続年数を通算して、新会社の規程による退職金を支給する。年次有給休暇等の付与日数は、被告からの勤続年数を通算して算定する。平成三年一二月賞与は、平成三年四月から六月までは被告の基準で、七月から九月までは新会社の基準で新会社が支払う。」との協定を締結し、同年七月一日に業務を開始した。

(二) 組合交渉の経過

(1) 被告と組合との間では、平成三年五月九日の新会社設立の発表からサンワマトロンの業務が開始された同年七月一日までの間に、転籍出向の問題をめぐって合計八回の団体交渉が行われた。原告は、組合の書記長の地位にあり、右八回の団体交渉すべてに出席していた。

(2) 五月一三日の最初の団体交渉では、被告は新会社の概要を説明し、質疑応答を行い、組合は、転籍出向者に対しては本人から同意を得るよう話し合うこと、組合員に関しては組合が交渉に当たること、原則的に組合幹部の出向には応じられないことを申し入れ、被告は、転籍出向対象者については理解を得るよう努力していく旨回答した。さらに組合からは、新会社の労働条件の内容、転籍でなければならない理由、転籍の時期が七月一日とされた理由について質問があったほか、最初から転籍出向ではなく、本人の希望によってはとりあえず在籍出向も認め、その後転籍するということではどうか、との意見も述べられた。

(3) 同月二三日の団体交渉では、被告は組合に対し、新会社の概要を記した資料を交付した。組合は、この資料だけでは労働条件の内容、転籍出向の発令時期などが不明であるとして、組織・方針・経営目標などと併せて文書での交付を求めた。

(4) 同月三一日の団体交渉では、組合は、被告に対し、組合員及び組合が委任を受けた従業員については、転籍出向に関する労働条件等の交渉を組合が行う旨を書面で通知するとともに、従業員の説得のために猶予期間を設けるべきであるとの意見を述べた。

(5) 六月五日の団体交渉では、被告は、新会社の就業規則を提示し、その内容について、同社に不要な箇所を削除したことと社名をサンワマトロンに変えたこと以外は被告の就業規則と同じである旨説明した。組合は、新会社が経営危機に陥った場合に転籍出向者は被告に戻ることができるのか、転籍対象者に転籍出向か在籍出向かの選択権の行使を一定期間猶予することができないか、新会社と被告とはどのような取引関係に立つのか、転籍出向を納得しない従業員に対してどのように扱うのか等について質問した。

(6) 同月一〇日の団体交渉では、組合は、前回の団体交渉で出した質問事項について改めて説明を求めるとともに、なぜ分離が今の時期でなければならないのか、労働条件をどの程度の期間被告の従業員と同じレベルとするのか等の点について質問し、これに対し、被告は、会社の分割の意見は和議以前からもあったが、今年大口の和議債務を計画どおり弁済し、今後の戦略展開上実施すべき時期が到来したと判断したものであること、転籍対象者に選択の猶予期間を与える考えのないこと、新会社の労働条件が将来とも被告におけるものよりも下回らないことは保障できないこと等を回答した。

(7) 同月一七日の団体交渉では、組合は、これまで団体交渉で話し合われた問題点を整理した質問書を被告に提出した。その内容は、新会社設立の真の狙いは「機動性に富んだ資金の運用」という点にあるのではないか、希望する者には当面は在籍出向を認めることができないのか、新会社の先行き不安を払拭するためにも、三年位は労働条件の最低基準を被告と同じにすることができないか、万一新会社が倒産したときは無条件で転籍出向者全員を被告で引き取れないか、新会社の労働条件に関して組合と協議の上労働協約を締結することができないか等の点について被告の考えを問うものであった。

(8) 同月二五日の団体交渉では、被告が右組合の質問に対する回答書を組合に提出した。右回答書の内容は、これまでの団体交渉において被告が口頭で回答した見解を変えるものではなく、①新会社設立の四つの目的は「市場に密着した営業」「組織の活性化」「待遇の改善」「機動性に富んだ資金の運用」であり、その重要度において同列である、②新会社においては、全員が揃って、同じ立場で一致協力し、腰を据えて業績に向って、がんばっていく態勢を整えることが望ましく、またそうでなければ、新会社が早く安定と発展を確保することの実現をめざすことはかなわないから、希望者に在籍出向を認めるという考えはない、③当初は、被告とほとんど同じ就業規則・労働条件でスタートするが、販売部門と生産部門とでは、就業形態や期待される能力分野が大きく異なるため、同じ労働条件では矛盾が発生しないとも限らず、待遇の改善は、業績を着実に拡大する努力があってこそ、実現していけるものであり、新会社も独立した一つの会社として、当然自助努力で業績向上・待遇改善に努めるべきであるから、労働条件について一定期間最低基準を被告のものと同じにすることを保障する考えはない、④グループ企業としての新会社と被告とは、一方の業績が他方にも強く影響を与える密接な関係にあるが、それぞれが独立した会社であるから、それぞれの会社は、経営者と従業員が一丸となって、安定・発展に向け、努力する必要があるから、新会社が倒産した場合に全従業員を被告で引き取る考えはない、⑤新会社の就業規則を提示し、組合の意見を求めたから、組合と新たに労働協約を締結する意思はない、などというものであった。

(9) 同月二六日の団体交渉では、被告は、五月二三日に組合に交付した資料と同じ書面(被告と新会社の各社印を押したにすぎない)を交付したうえで、これ以上話合いを続けても進展は期待できないとして、新しい問題がない限り団体交渉を打ち切る旨通告したが、組合は、転籍出向については本人の同意を得てから行うこと、組合員については本人及び組合の同意も得てから行うこと等を記載した要求書を被告に提出した。

(10) その後、被告は、同月二八日に右の組合の要求書に対する回答書を組合委員長に直接交付するとともに、同年七月一日には、文書で団体交渉打ち切りを組合に申し入れた。回答書の内容は、これまでの被告の立場を繰り返して説明したものであった。

(三) 原告に対する転籍出向命令

(1) 前記転籍出向の内示後、原告の直属の上司であるサービス課長塚本慶宗は、三回にわたって、原告に対し、転籍出向の趣旨を説明してこれに応じるよう要請したが、原告はこれに同意しなかった。

(2) それ以降、原告の上司である営業部長中村公、人事担当の取締役総務部長五十嵐幹也、総務部次長吉田弘らが説明に当たり、六月二七日には、本社で、中村部長、吉田次長、塚本課長が新会社への転籍出向の同意を求めたが、原告は、「自分は組合書記長であり、個人としては同意できない。組合に任せているので、会社と組合との話合いで合意ができれば個人としても同意する。」と回答をし、話合いは並行線のまま終わった。翌二八日は吉田次長、塚本課長が、休日をはさんだ同年七月一日には五十嵐部長、中村部長及び吉田次長が、翌二日には五十嵐総務部長、吉田次長が、いずれも本社において原告に対し説得を続けたが進展せず、二日夕刻に原告の意思を確認しても、原告は、組合に任せているから組合との合意がなければ転籍に応じられないとして、態度を変えなかった。

(3) 翌三日午前、被告本社応接室において五十嵐部長、吉田次長、塚本課長が原告と会い、席上五十嵐部長が被告の転籍出向辞令を、吉田次長がサンワマトロンの総務部長としてサンワマトロンの勤務辞令をそれぞれ読み上げたうえ交付しようとしたが、原告から辞令の受領を拒否され、原告の要望に応じてそのコピーを交付した。

(4) 原告は、同じ建物内にあるサンワマトロンのサービス課で仕事をするよう求められたがこれを断り、同日午後、被告の千葉工場に行き、総務課長大塚豊文に対し、同所で勤務させるよう求めたが、大塚課長は、サンワマトロンに転籍出向の辞令が出た以上は工場での就労は認められないとして組合事務所以外の立入りを禁じ、原告は終業時刻まで組合事務所に留った。翌四日朝、原告は千葉工場に出勤したが、大塚課長は、前日と同じく原告の就業を拒否し、組合事務所以外の場所への出入りを禁じた。

(5) 翌五日朝、原告は、被告本社に出社した。吉田次長は、サンワマトロンで仕事をするように要請したが、原告がこれを断ったため、会議室において原告に昼まで再考させた。同日午後、五十嵐部長と吉田次長は、被告本社応接室で原告と会い、転籍出向に応ずるよう説得したが、原告は、組合との話合いが終わっていない、自分は組合に任せており、組合の考えと同じである旨返答し、「懲戒解雇となるがそれでも行けないか」と質されても、同様の答えをし、転籍出向に応じない旨を明らかにしたため、五十嵐部長が原告に対する解雇通知書を読み上げ、コピーとともにこれを原告に手渡した。

2  右認定事実に基づいて、本件解雇の効力について検討する。

(一) 被告が営業部の全従業員を転籍出向させる必要性については、右転籍出向が被告の営業部門を独立させて別会社とするための方法として行われたものであり、倒産して和議再建中である被告にとって、右の別会社化が、主として被告の資金調達を容易にすることを目的としたものであり、また、会社内の責任体制、待遇改善問題を解決する糸口となることも見込まれる等、被告及び新会社双方の存続のために有用と判断されたものであるから、そのために行われた右転籍出向命令は、会社再建のための経営上の措置として必要であったということができる。

しかしながら、本件転籍命令は、原告と被告との間の労働契約関係を終了させ、新たにサンワマトロンとの間に労働契約関係を設定するものであるから、いかに被告の再建のために業務上必要であるからといって、特段の事情のない限り、原告の意思に反してその効力が生ずる理由はなく、原告の同意があってはじめて本件転籍命令の効力が生ずるものというべきである。

本件についてみると、被告は、和議条件を履行中に会社再建のために営業部門の分社化としてサンワマトロンを設立し、営業部員全員を転籍出向させることを必要としたのであって、その選択は一つの経営判断として首肯することができるけれども、右経営上の必要から直ちに、右転籍出向命令を拒否した営業部員を業務命令違反として解雇することができるわけのものではなく、右解雇が許容されるためには、これが被告にとっては人員整理の目的を有するものであり、原告にとっては整理解雇と同じ結果を受けることに鑑みると、被告において営業部員全員を対象に人員整理をする業務上の必要性の程度、本件転籍出向命令に同意しない原告の解雇を回避するために被告のとった措置の有無・内容、本件転籍出向命令によって受ける原告の不利益の程度、本件解雇に至るまでの間に被告が当該営業部員又は組合との間で交わした説明・協議の経緯等を総合的に判断して、本件解雇が整理解雇の法理に照してやむを得ないものであると認められることを要するというべきである。

(二) ところで、右の本件転籍出向命令に同意しない原告の解雇を回避するために被告のとった措置に関連して、被告は、団体交渉の過程で、希望者に在籍出向を認めない理由として、全員が揃って同じ立場で一致協力し、腰を据えてがんばっていく態勢を整えることが新会社にとって望ましい旨説明しているに過ぎず、本件解雇時もこのような立場を採っていたものと考えられるところ、被告が原告をサンワマトロンの従業員として被告に在籍のまま出向させてこれを充てることの困難性について右の抽象的な説明を超える具体的な不都合や、さらに、本件転籍出向命令を拒否した原告を被告会社内で配置替えすることの可能性等についても、本件全証拠によっても具体的に明らかとならないし、被告が本件解雇に至るまでにこれらの諸点を真剣に検討した事実も認められない。

被告は、原告以外の者がすべて転籍に応じた六月二七日以降、七月五日に原告を解雇するまでに会社幹部が休日を除いて毎日説得に当たったものであるが、これに対する原告の拒絶の態度は、終始、「組合に任せているので、会社と組合との話合いが合意できれば個人としても同意する」というものであった。その主たる動機は、会社との交渉が決裂したままになっている組合の書記長としての筋目を通したものと推測されるが、新会社は、被告の営業部門が現状のまま分社して独立したものであって、労働条件は、当初は、賃金、勤務場所、勤務内容、労働時間、年次有給休暇、退職金等につき被告におけるものと同一であるが、転籍後三年程度の期間について労働条件を被告におけるのと同じにすることすらも保障されず、将来的には労働条件の見直しが予定されており、それが新会社設立の一つの目的にもなっている。そのようなわけで、組合の交渉事項の中には、右の新会社での労働条件、新会社が倒産した場合の従業員の処遇等従業員の重要な利害にかかわる問題が含まれており、これらの点は、転籍の対象者である原告個人にとっても重大な事柄であることからすると、右の点についての説明に納得がいかないとの理由で転籍を拒絶したことは、あながち非難するに当たらないというべきである。

右のような状況であるにもかかわらず、被告は、組合及び原告との間で、前記認定のとおり、十分な協議を尽くしたとはいいがたい経過をたどって本件解雇に至ったものということができる。

(三) 以上の事情を総合考慮すると、被告の側において、会社再建のために新会社を設立し、そこへ営業部員を転籍出向させる必要が認められ、また、平成三年五月九日の従業員に対する発表以来、被告が個別に転籍出向対象者の説得に当たり、原告以外全員の同意を得、最終的には原告一人が会社の方針に反対している段階に至っているからといって、原告の本件転籍出向命令拒否が信義則違反・権利濫用に当たるとする事情があるとはいえず、本件解雇が整理解雇の法理に照してやむを得ないものであると認めることもできないといわざるをえない。

なお、被告は、被告とサンワマトロンとは、法人格こそ違うが、実質上同一の会社とみることができると主張するが、サンワマトロンが被告の営業部門を分離独立させたものに過ぎず、サンワマトロンの役員構成が被告のそれと重複し、サンワマトロンの株主構成も被告及びその関係者によって占められ、原告の業務内容、就労場所、賃金、勤務時間等の労働条件が当初は従来被告に勤務していたころのものと変わるところがないとしても、前記のとおり、両社の資産内容に相当の開きがあり、事業の内容も異なることなどからすると、それぞれの将来が必ずしも浮沈を同一にするとは限らず、新会社での労働条件も変更が予定されているのであるから、各従業員の処遇内容について両社が実質的に同一であると認めることはできない。

(四) したがって、本件解雇は、解雇権を濫用してなされたものとして無効であるから、原告は、本件解雇がなされた平成三年七月五日以降も被告の従業員として労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。

三  賃金支払請求について

右のとおり原告は本件解雇の日以降も被告の従業員として労働契約上の権利義務を有するところ、被告が同日以降原告の就労を拒否していることは当事者間に争いがなく、原告の労務提供は債権者である被告の責に帰すべき事由によって履行不能となったというべきであるから、被告は原告に対し、同日以降の賃金の支払義務がある。

1  職能給及び住宅手当

(一) 原告は、本件解雇当時、三八歳で年齢給一二万四九〇〇円の支給を受けていたところ、平成四年度から平成六年度までの年齢給は、それぞれ一二万六六〇〇円(三九歳)、一二万八三〇〇円(四〇歳)、一二万九四〇〇円(四一歳)と定められ、また、本件解雇当時、三等級一九号俸に格付けされ、能力給として一二万一九〇〇円の支給を受けていたところ、平成四年度から平成六年度までの同等級同号俸の能力給は、それぞれ一二万八七〇〇円、一三万二一〇〇円、一三万三二〇〇円と改定された(甲四七、五〇、九五)。

(二) ところで、原告は、損害金算定に当たり、号俸の見直しによって平成四年度以降は主張のとおり昇給したものとして扱われるべきであるとするが、被告の就業規則に基づく昇給規程には、「昇給は定期昇給と臨時昇給とする。」「定期昇給の決定は毎年六月に行い、四月に遡って実施する。」「臨時昇給は、賃金の補正、その他必要と認めたときに行う。」「昇給は本人の職務遂行能力、勤務成績、勤怠成績及び人物等を選考の上、適格なものについて行う。」「次の事項に該当する者に対しては、昇給を行わないことがある。1前年度欠勤及び休職日数が一か月平均一〇日を超えた者 2 前年度けん責、又は減給の懲戒処分を受けた者」と定められているところ、被告と組合とは、毎年の賃上げ交渉の際、被告の従業員に対する号俸の見直しは、S・A・B・C・Dの五段階の人事考課によって評価され、その評価によって昇給の有無・程度が異なり、Sは四号俸、Aは三号俸、Bは二号俸、Cは一号俸昇給し、Dは昇給せずにそのまま据え置かれ、当年四月に遡って実施することが合意され、平成四年度から平成六年度までの各昇給額は、職能給を一人平均それぞれ平成四年度一万六五九二円(配分方法は、平成三年度賃金表を基礎として、定期昇給分・一人平均八六〇四円、ベースアップ分・一人平均七九八八円)、平成五年度一万〇四一八円(配分方法は、平成四年度賃金表を基礎として、定期昇給分・一人平均六四八二円、ベースアップ分・一人平均三九三六円)、平成六年度七三五五円(配分方法は、平成五年度賃金表を基礎として、定期昇給分・一人平均五六四四円、ベースアップ分・一人平均一七一一円)増額する旨の協定書が締結されていた(甲四七、五〇、六〇、一〇五、乙三五)。

右事実によれば、号俸の見直しに伴う昇給は、会社の当該従業員に対する人事考課に基づいて、その可否・程度が査定され、その意思表示をもって具体的な内容が確定するというべきであるから、原告が本件解雇前、右人事考課によって毎年Bの評価を受けていたとしても、平成四年度から平成六年度までの間については、被告の人事考課の査定がされて昇給の意思表示がされない以上、Bの評価を受け又はD以外の評価を受けたものとして、その査定に基づく昇給部分の賃金支払請求権が発生したものと認めることはできないといわざるをえない。

したがって、原告の査定に基づく昇給部分に係る賃金支払請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(三) 住宅手当については、就業規則に基づく賃金規程において、「会社は従業員に対し住宅手当を支給する。ただし、社宅入居者及び臨時社員等は支給しない。」と定められ、あらかじめ従業員に対して一定の支給条件のもとに一律に支払われるものとされ(乙三五)、その額は平成三年度から平成六年度まで一五〇〇円で増減がなかった(争いがない)から、原告は、本件解雇以降、毎月、従業員の地位にあることに基づき、この部分についての支払請求権を有するというべきである。

(四) 以上によれば、被告は原告に対し、①平成三年七月分の未払賃金として、職能給及び住宅手当月額合計二六万一八〇〇円の支給をすべきであるが、そのうち五万八六五二円は支払い済みである(争いがない)から、残金二〇万三一四八円を支払う義務があるというべきであり、②平成三年八月一日から本判決確定に至るまで毎月二五日限り賃金月額二六万一八〇〇円を支払う義務があるというべきであり、③平成四年度分の未払昇給分賃金として、平成四年度の職能給及び住宅手当月額合計二七万〇三〇〇円と右支払月額二六万一八〇〇円との差額一年分合計一〇万二〇〇〇円を支払う義務があるというべきであり、④平成五年度分の未払昇給分賃金として、平成五年度の職能給及び住宅手当月額合計二七万五四〇〇円と右支払月額二六万一八〇〇円との差額一年分合計一六万三二〇〇円を支払う義務があるというべきであり、⑤平成六年度分の未払昇給分賃金として、平成六年度の職能給及び住宅手当月額合計二七万七六〇〇円と右支払月額二六万一八〇〇円との差額一年分合計一八万九六〇〇円を支払う義務があるというべきである。

なお、原告は、本判決確定時以降についても毎月二五日限り三一万二七四五円の支払を求めているが、右将来請求については、特段の事情が認められない限り予め請求する必要があるとはいえないのであって、本件においては右特段の事情は認められないから、本判決確定時以後の分は、訴えの利益がなく、不適法である。

2  時間外手当及び精勤手当

時間外手当及び精勤手当については、被告の就業規則及びこれに基づく賃金規程上、時間外手当は、業務の都合により会社が時間外の勤務を命じたときか、災害その他避けることのできない事由によって会社が勤務時間を変更又は延長したときに支給され、精勤手当は、従業員が一か月間無遅刻無早退、無欠勤で精励したときに支給されることが定められている(乙三五)。このことからすると、これらの手当の支払請求権は、単に従業員が使用者との間に労働契約関係を有するということだけから当然に発生するものではなく、従業員が現実に時間外勤務を命ぜられて所定時間就労し又は右規程にかなう精励勤務をした場合にはじめて具体的に発生すると解すべきである。したがって、右の諸手当については、本件解雇の日以降原告は就労していないのであるから、原告が被告の従業員の地位にあることから直ちに被告に対して賃金請求権を有するものということはできない。

3  夏期手当及び年末手当

(一) 被告の就業規則に基づく賃金規程及び賞与規程には、「賞与は原則として年二回(七月、一二月)支給するものとし、支給日に在籍する従業員に対し支給する。」「賞与支給のための人事考課、勤怠、賞罰、その他の調査は、次の期間によって行う。1 上期賞与 一〇月一日から三月三一日まで2 下期賞与 四月一日から九月三〇日まで」「六カ月間引きつづき無遅刻、無早退、無欠勤で精励したときは、賞与に精勤賞を加算して支給する。」と定められているところ、これらの手当(賞与)に関しては、被告と組合との間において、その支給日前に交渉が行われ、平成三年度の年末手当については、支給基準を一等級から五等級の社員について職能給の3.0か月分とし、配分方法はS・A・B・C・Dの五段階の人事考課による配分とし、Bを3.0か月として各段階の差を0.1か月分とする旨の協定が成立し、平成四年度から平成六年度までについても、支給基準につき平成四年度夏期手当は2.7か月分、同年度年末手当は2.8か月分、平成五年度夏期手当は2.55か月分、同年度年末手当は2.1か月分、平成六年度夏期手当は2.0か月分、同年度年末手当は2.10か月分とする等、例年同様の配分方法を決定していた(甲四八、四九、五一、五二、九六、九七、乙三一、三五)。

(二) 右事実によれば、夏期手当・年末手当については、従業員の地位に基づいて当然にいずれかの査定基準による賞与請求権が発生するものではなく、会社の当該従業員に対する人事考課に基づく査定をもって支給内容が確定するというべきであるから、原告が本件解雇前に右人事考課によって毎年Bの評価を受けていたとしても、平成三年度年末手当から平成六年度年末手当については、被告の人事考課の査定がされて具体的な支給率又は金額による支払の意思表示がされない以上、Bの評価を受け又は最低でもDの評価を受けたものとして、その査定に基づく夏期手当及び年末手当の支払請求権が発生したものと認めることはできないといわざるをえない。

したがって、原告の査定に基づく夏期手当及び年末手当に係る支払請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。なお、夏期及び年末手当に伴って支給される皆勤手当(精勤賞)については、前記の精勤手当と同様に従業員が実際に条件にかなう就労をしたことによって具体的に支払請求権が発生するものであると解されるから、単に原告が被告の従業員たる地位にあることによって被告にその支払義務が生ずると解する余地はない。

四  慰謝料及び弁護士費用請求

前記のとおり、本件解雇は無効であり、原告は、以後被告の従業員として扱われることはなく、就労する権利を侵害されたものであるから、被告の本件解雇は不法行為を構成するというべきであり、原告はこのために精神的苦痛を被ったことが推認される。右精神的苦痛に対する慰謝料は、原告及びその家族に物心両面で多大の犠牲を強いたことだけでなく、本件で原告が前記の各種手当や昇給を受ける機会を奪われたことに対する苦痛も考慮に入れるのが相当であり、解雇前に受領していた平均賃金額、被告従業員についての平成四年度から平成六年度までの昇給の実情及び平成三年度から平成六年度までの賞与の支給基準等諸般の事情をも斟酌して、その金額を七〇〇万円とするのが相当である。また、弁護士費用については、右慰謝料の額の一割である七〇万円について認めるのが相当である。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、平成三年七月分賃金の未払分二〇万三一四八円及び平成三年八月一日以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月金二六万一八〇〇円の支払、右賃金の平成四年度から平成六年度までの昇給差額分の合計四五万四八〇〇円及びそのうち平成四年度の昇給差額分一〇万二〇〇〇円について平成五年四月一日から、平成五年度の昇給差額分一六万三二〇〇円について平成六年四月一日から、平成六年度の昇給差額分一八万九六〇〇円について平成七年四月一日から、いずれも完済までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、並びに不法行為による損害金として七七〇万円及びこれについて本訴状送達日の翌日である平成四年三月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、本判決確定時以降の毎月の金員支払を求める部分は不適法であって却下すべきであり、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官白石史子 裁判官梅本圭一郎)

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